ニューヨーク到着からほぼ一ヶ月半。
初めての長期海外留学生活。
生活のリズムを掴むまでにかなりの時間を要しましたが徐々に色々と見えてきました。
この街は、ダイナミックで、忙しく、常に動いており、イエローキャブのクラクションや工事現場の爆音、NYPDやFDNYのサイレンは、それこそ一晩中鳴り止む事がありません。
正直、はじめは戸惑うことばかりでした。
カフェやデリのいわゆる「店員さん」のホスピタリティは、日本のそれとはだいぶかけ離れています。
コインランドリーのおばちゃんは常にケンカ腰。
もちろんマックにスマイルなんて売ってません。
日本のサービス基準に慣れきっていた身としては、驚く事ばかり。
しかしそこは、
「When in Roma, do as the Romans do. 」
「早く慣れて、順応するしかない!」と開き直ってみると気も幾分楽になります。
よく耳にしますが、まさにココは『人種の坩堝』。街中には様々な『イングリッシュ』が溢れています。アメリカンイングリッシュ30%、各国の言語10%、ノンネイティブのイングリッシュ60%・・・と行った所でしょうか。
この『ノンネイティブのイングリッシュ』がかなりの曲者です。
普段使いの飲食店では、ほぼノンネイティブのイングリッシュスピーカーが対応しています。
これがはじめは全くわかりませんでした。
無愛想で聞き取りにくい『エニシングエルス?(怒)』に戸惑うばかり。
チャイニーズイングリッシュにアメリカ人がタジタジしている場面にも遭遇しましたが、まるで、聞き取れないアメリカ人が悪いんだと言わんばかり。
この街で生活するには、タフさが求められます。
そして「ハイコンテクスト社会」に慣れた自分を徐々にシフトして行く必要があります。
もちろん、日本人としての美徳を損なう事無く。
ほぼ同一のアイデンティティを共有する仲間の中から、ポーンとサラダボールの中に飛び込むと、当然の事ながら、自分のアイデンティティの輪郭が浮き彫りになります。
ほぼ同一のアイデンティティを共有する仲間の中から、ポーンとサラダボールの中に飛び込むと、当然の事ながら、自分のアイデンティティの輪郭が浮き彫りになります。
自分はアジア人であり、日本人であり、日本語話者なんだ・・・と、当たり前の事を強烈に突きつけられます。
最も過酷なダイバーシティの海だと思われるNYを、果たしてどのように泳ぐ事ができるのか・・・
一人のアジア人がニューヨークで学ぶ、英語やビジネス、カルチャーをできるだけリアリティを保ってレポートできればと思います。
約1年をかけて、アメリカ、そしてニューヨークの「強さ」の秘密に迫ります。

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